「デンマークからの観客数が40.000人に迫っているんだよ」
こう話すのは、デンマーク人のジョン・ニールセン。ニールセンはエセックスチームの監督兼ドライバーだ。ここル・マンでのデンマーク人ドライバーの数とデンマークのファンの地元勢に対する熱心な応援ぶりを考えれば、この観客数にもうなずける。
ル・マン24時間で最も成功を収めたドライバーも、デンマーク人のトム・クリステンセンだ。クリステンセンは、1967年7月7日デンマークのホブロにツーリングカーレースのチャンピオン、カール・エリック・クリステンセンの息子として生まれた。今年のル・マン24時間レースにもLMP1クラスから出走するクリステンセンは、今回出走するドライバーのなかで最も輝かしい戦跡を誇る。ル・マン24時間に通算11回参戦し、6連覇を含む史上最多の7回総合優勝(1997年、2000〜2005年)を記録している。この偉業からクリステンセンは伝説的存在となり、2006年にロレックス・スピリット・オブ・ル・マン賞を授与されている。この賞は、ル・マン24時間レースの精神を体現した人物を毎年表彰するものだ。
このスピリット・オブ・ル・マン賞の受賞者には、ル・マン24時間レースの公式計時を担当するロレックスからオイスター・パーペチュアル・コスモグラフ・デイトナが贈られる。しかも、その腕時計の底面には”スピリット・オブ・ル・マン“の文字とともに、受賞者の名前も刻印されている。このロレックス・オイスター・パーペチュアル・コスモグラフ・デイトナは、この伝統のレースで成功を収めるのに必要な「正確さ」も象徴している。
クリステンセンは多年にわたって数多くのトロフィーを獲得してきたが、1997年の初優勝のときのコンビは、ミケーレ・アルボレート(イタリア)とステファン・ヨハンソン(スウェーデン)だった(マシンはヨースト・ポルシェTWR WSC)。クリステンセンは、その後も様々なマシンに乗っている。ヨースト・ポルシェTWRのあとは、BMWで2年間(1998〜1999年)参戦したのち、2000年にアウディに移籍して再び優勝。翌年は同じフォルクスワーゲン・アウディグループ内のベントレーで参戦して優勝。さらに、その翌年の2002年からはアウディに復帰。同チームで2002年から2005年まで連勝。昨年は総合優勝を逃したものの、今年もアウディに乗って自身8度目の総合優勝を目指している。
史上最多優勝のクリステンセンにとって、どの優勝が最も印象に残っているかとたずねると、「選べないよ」と笑顔で答えてきた。しかし、このル・マンのコースのなかではS字カーブの区間が好きだという。今年のレース序盤、クリステンセン/アラン・マクニッシュ(イギリス)/リナルド・カペロ(イタリア)組のアウディR10の2号車は、4番手につけてトップ3台のプジョー勢を追っている。クリステンセンは、得意なS字カーブで前を行くプジョーとともに幸運も引き寄せたいところだ。
もうひとりの注目のデンマーク人ドライバーは、ヤン・マグヌッセンだ。マグヌッセンは、1973年7月4日にデンマークのロスキルデで生まれた。マグヌッセンが初めて世界的な脚光を浴びたのは、1995年に岡山県のTIサーキット英田(現:岡山国際サーキット)で行なわれたF1パシフィックGPだった。当事苦戦が続いていたマクラーレン・メルセデスで出走したマグヌッセンは、デビュー戦を10位で完走した。その後1997~1998年にスチュワート・フォードで2シーズンF1に参戦したのち、北米での耐久レースに転向。そこでセブリング12時間、伝統のロレックス・デイトナ24時間などで大活躍している。
6月12日、2日間にわたって行なわれた今年のル・マン24時間レースの公式予選で、マグヌッセンはカーナンバー63のシボレー・コルベットC6.Rで、LMGT1クラスのポールポジション(予選クラス最上位)を獲得した。この予選でのクラス最上位は、コルベットレーシングチームにとって初の快挙だった。このマグヌッセンもロレックスの腕時計のオーナーのひとりだ。
「僕はロレックスを二つ持っているんだ。ひとつはスチュワート・フォードでF1に参戦していたときに、チーム代表のジャッキー・スチュワートからもらったロレックス・テスティモニー。もうひとつは、とても大切なものなんだ。それは、ロレックス・デイトナ24時間レースで優勝したときにもらった賞品なんだ。これはもう肌身離さずに愛用しているよ」。
今年のル・マン24時間についてたずねると、マグヌッセンは満面の笑みをたたえた。
「ル・マンが大好きなんだ。しかも、今年は僕にとってもコルベットにとっても重要な年になるよ。マシンの戦闘力はとても高いし、予選も上手くいった。でも、雨の中は走りたくないな。雨はテスト走行会のときに経験して、その状況も良くわかっているからね。それでも、コルベットは良いマシンだし、素直な走りをしてくれるはずだよ。ここル・マンではまず速いドライバーであることが必須条件なんだ。そして、速さが出せればリラックスできるので、走りのリズムを維持することに必死にならなくて良くなるんだ。予選でのプジョーやアウディの速さには感心したよ。でも、僕も自分と15歳の息子ケビンにとって良い週末にしたいと思っているんだ。僕を応援しにきてくれている息子に、お祝いとなる結果を出したいと思っているよ」。
もうひとりのデンマーク人は、人気者のジョン・ニールセン(チーム・エセックス、ポルシェRSスパイダー31号車)だ。ニールセンは、ガレージに来る途中でもファンに囲まれてしまう程だ。そのニールセンはガレージに入ってくると、今年の挑戦について次のように語った。
「私たちはル・マン24時間に参戦したての若いチームだけど、ここでクラス優勝ができたら本当に嬉しいし、すごいことだね。これまで耐久レースのル・マンシリーズを転戦して、過去の失敗から多くの事を学んできている。だから、今年のル・マン24時間は、ドライバー、チーム、マシンにとって重要なチャンレンジとなる。このレースでは、チームのすべてが24時間中ずっとかみ合って機能していなければならない。そんなことはほぼ不可能なのだが、だからこそまたこのレースが素晴らしいものにもなっているんだ」。
ニールセン自身は、ル・マン24時間レースに18回も参戦したベテランで、1990年にはクラス優勝も獲得している。
「このレースが本当に好きでね。それに、去年このル・マンで婚約したんだ。フィアンセのピッテンには、婚約のしるしとしてロレックスの腕時計をプレゼントしたんだ。ビッテンは私の妻となるうえに、6人の子供たち(24歳、22歳、14歳、9歳、7歳、5歳)の母親にもなるんだ」。
話の途中で、ファンがサインを求めてガレージの外でずっと待っていると、チームのメカニックがニールセンに伝えた。するとニールセンは腕時計に目をやった。その時計は、ロレックス・オイスター・パーペチュアル・コスモグラフ・デイトナだった。
「予選は上手くいったよ。総合16番手で、クラス(LMP2)でトップだった」とニールセン。
「決勝はコース上にとどまって、良いペースを維持する。私はポルシェのレーシングマシンが大好きだけど、それは限界がなく、どこまでも攻めた走りができるのに壊れないからなんだ。速い走りができるし、全てをひきだせるんだ。ポルシェはとても信頼性が高いからこそ、そのスピードが財産になってくる。おかげでドライブにともなうストレスもすべて取り払ってくれるマシンなんだ」。
こう話したあとニールセンはガレージの外にいる人に向かって手を振って、こう話しかけた。
「今朝、デンマーク人がいるキャンプ場をまわってきたんだ。なかには5000人を収容できるキャンプ場もあったよ。キャンプ場でミーティングがあって、前日の予選のことを話してきたんだ」。
ニールセンの青い瞳は、そのスカイブルーのレーシングスーツよりも魅力的だという人もいる。ニールセンのパートナーには、カスパー・エルガードという有力なドライバーもいる。今年は、ニールセンにとって6回目のル・マン24時間となる。昨年クラス3位に入賞したニールセンは、今年もこの結果を再現したいと考えている。
「良い週末になることをひたすら願っているよ。予選では(クラスの)ポールポジションを獲ろうとしたし、そのためにマシンに最善の作業をした。友達のリズ・マリーと私の父ピーターにチームの良い所を見せたい。実際、私のチームのメカニックは全員献身的な仕事をしてくれる素晴らしい存在だ。しかも、メカニックたちは冬のオフシーズンの間もトレーニングを積んでいたんだ。私たちのチームとプロジェクトは、こうした真のチームワークで成り立っているんだ」。
ロレックスは、2001年よりル・マン24時間レース、2005年より耐久レース選手権のル・マンシリーズの公式計時を担当している。また、北米の伝統の耐久レースであるデイトナ24時間レースでも、ロレックスは1992年以来公式計時を担当している。
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