September 7, 2010
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2008
24 Heures du Mans
Le Mans, France
June 14 - 15, 2008
短くも熱いル・マン24時間の夜

June 14, 2008

毎年、ル・マン24時間レースは、夏至(6月21日)に最も近い週末に開催される。そして、毎年レースが日中から夜にさしかかるところで、何かが起こる。昼から夜に変わることで、またあらたなチャンレジの様相を呈するからだ。そして、この時間こそがル・マンの伝説が生まれるときとも言われている。

ル・マン24時間レースの参加者、ドライバー、観客、その全員にとって、日没から夜明けまでの時間が、ル・マン24時間レースの伝説が生まれるときとなる。決勝の期間中、77,000平方メートルのレセプションエリアには、3,000人のジャーナリストと数千人の観客が収容される。このレセプションエリアだけでも、フランスワールドカップのメインスタジアムだったスタッド・ド・フランスを7つ並べた広さがある。さらに、商業物販エリアは18,000平方メートルもあり、キャンピング場はパリ・ディズニーランドの2倍の面積に相当する125ヘクタールにもなる。

決勝を含む3日間に訪れる観客は世界中から25万人以上が集まる。そのうちイギリス4万人、デンマーク人2万人、オランダ人が1万になるという。この全員が、ル・マン24時間レースに新たな歴史が書き加えられる瞬間を目撃するために来ている。

この会場を安全で思い出深いものとさせるために、多くのスタッフたちが働いている。競技役員2,000名、コースマーシャルとコース脇の競技役員2,000名のほか、300台の救急車に救急隊員400名と医師100名が分乗して待機している。

このル・マンの夜の過ごし方で、際立った人物がいた。それは、ポール・フレールだ。1917年にフランスのルアーブルで生まれたフレールは、ベルギーのジャーナリスト兼ドライバーとして高名な人物だった。今年の2月23日に他界するまで、フレールはドライバーとして、またジャーナリストとして、ル・マン24時間レースに51回も通い続けた。そして、お決まりのル・マンの夜の過ごし方をしていた。
スタートをメディアセンターで見たフレールは、宵の口はピットガレージでチームのメカニックたちと過ごした。そして、午前3時頃になると、パドックに最も近いP6駐車場に停めた愛車のポルシェの中に入って、睡魔と闘いながら目だけを休めた。このときフレールはカーラジオのスイッチを入れて、名物アナウンサーのブルーノ・ヴァンデスティックが甘美な声で伝える実況でレース状況をチェックスするのが常だった。そして、陽光が戻る朝5時には新しいスカイブルーのシャツに着替えて、メディアセンターのお決まりの席に戻るのだった。今年、そのお決まりだった1019の席には、ポール・フレールをたたえるプレートが付けられていた。

一方、元GMのモータースポーツ部長だったハーブ・フィッシェルは、在任当事毎年ル・マンではスタートから数時間をチームのモーターホームのなかで過ごしていた。そこで休息をとりながらも、フィッシェルは無線のスイッチを常時オンにして緊急事態に即応できるようにしていた。当事のモーターホームは、居心地があまり良くなかったが、今日のモーターホームは防音構造の寝室を備え、ドライバーはそこで医師や看護師による体力回復も受けられるようになっている。

フィッシェルにとってGM在任時代の最悪の思い出は、10年前の夜に起きたロン・フェローの事故だった。フェローの乗ったシボレー・コルベットはユノディエールストレートの第2シケインの手前にあるタイヤバリアに激突。車体は大破していた。競技長のダニエル・ポワンセノは、即座にチームに事故のビデオを見せた。当初、事故現場がどこなのか誰も確認できなかったからだ。映像からすぐに現場が特定でき、レスキューチームとフィッシェルは数台のオートバイに分乗して現場に急行した。だが、そこはピットから最も遠いところのひとつで、近道をするにはキャンプ場を通過するしかなかった。そのため、フィッシェルとレスキューチームを乗せたオートバイは、夜の中トライアル競技のように木立をすり抜けなければならなかった。

現場ではセイフティクルーが路面にこぼれたオイルを処理する一方、飛散したマシンの破片を拾い集めていた。ドライバーには、すでにコース脇に待機していた医師がついていた。奇跡的にもドライバーは無傷だった。レスキュー作業は、不十分な明かりのなかでも行なわれた。そして、大破したマシンはガレージへと戻され、明け方までに修復されると再びレースに復帰していた。

この事故は、派手なクラッシュシーン以上に目立ったものがあった。それは、ル・マン24時間レースにおける夜間の走行を高次元でとりまとめるル・マンの大きな組織力だ。この組織力は、レースだけでなく、観客ひとりひとりを楽しませることにも活かされている。ちなみに、今年はマドマゼルKとスターセイラーのコンサートも行なわれる。

ル・マンの夜とその組織力。これは、ル・マン24時間がもつ素晴らしさのひとつであり、それは年ごとに変わるものではなく、伝統によって培われたものである。そして、この伝統こそがル・マンの魅力を高め、毎年観客を楽しませている。

ロレックスは、2001年よりル・マン24時間レース、2005年より耐久レース選手権のル・マンシリーズの公式計時を担当している。また、北米の伝統の耐久レースであるデイトナ24時間レースでも、ロレックスは1992年以来公式計時を担当している。

ル・マン24時間レースに関する詳しい情報は、下記のサイトをご参照ください。

www.caracingnews.com

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